霊符のカード型お守り
 
身護り宝珠観音と先祖供養之符
☆写真は当寺護摩の炎に現れた観音様です。観音様の手には宝珠が輝いています。この宝珠は「如意宝珠」といい、願い事を叶え、幸せをもたらしてくれるありがたい珠です。護摩の炎に現れた観音様は如意宝珠を持ち、関東の北、北極星の下に位置する当寺の護摩にお姿を現しました。この観音様を「身護り宝珠観音」と名づけました。当寺ではこの観音様のお姿と、一枚一枚手書きし祈祷しました霊符(護符)を一体にして、お守りにいたしました。
人がこの世に生まれたわけは、この世に生き、生かされて幸せ(安心。安寧)になることです。
誰もが幸せ(安心。安寧)になりますように祈念いたします。合掌
☆霊符には次のような願文があります。(一部例)
・身体健全之符 ・開運之符 ・自己向上之符 ・厄除之符 ・交通安全之符 ・人間関係是正之符 ・家内安全之符 ・災難除之符 ・金運之符 ・先祖供養の符 ・生霊死霊邪気除之符 ・救国之符 ・商売繁盛之符 ・子宝之符 ・合格祈願之符 ・いじめ防止之符 ・親子円満之符 ・良縁成就之符 ・人脈拡大之符
☆霊符由来と尊星流
霊符門、尊星流宗家(そんしょうりゅう、そうけ)は、襄祖智証大師円珍が中国より伝えられた秘符が継承された
正統血脈であります。
「尊星王」は、妙見菩薩(北辰尊星妙見大菩薩 ほくしんそんしょうみょうけんだいぼさつ)ともいい、
北極星(北辰ともいう。)を仏格化した諸星の王であります。
☆霊符とは
霊符は源流は中国とされ、千数百年前、入唐された智証大師並弘法大師によってわが国に伝えられました。霊符は、不思議な効験と奇跡を起こす特殊な護符として尊ばれ、皇族、貴族、大名、武士から一般大衆に至るまで多くの人がその効験に浴したもので霊符(護符)は仏教、神教、道教、儒教などで,宗派を問わず伝えられ、四千年という長い歴史があり、護符の数八百種類といわれ、民間に伝えられ、親しまれてきた咒符、紙に書いたお札です。
☆ ご先祖様があなたを守ってくれる先祖供養之符を無料進呈します。
氏名、住所、希望枚数を書いて、切手を貼り、住所氏名を記入した返信用封筒をいれて、
封書で下記住所へお送りください。
〒321-1264
栃木県日光市瀬尾2943
月光山洗心庵
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〔祈り・鎮魂〕 荒ぶる心や魂が鎮まりますように祈ります。
月光山洗心庵からのメーッセージ
六種回向供養(六波羅密行)
◎私たちはご供養をするときお花やお水をお供えします。
これには六つのお供え物をしてご供養をし、
そのご供養の意味を実践して我々の姿勢も正す、という修行です。
供養をすることによって霊魂も十三仏の仏様の御元で、
魂を清め磨く修業を33年間かかって行なうのです。
その修行を見守るのが十三仏の仏様です。
水は布施行(施す心。分かち合う心)
塗香(ずこう)は持戒行(規律やルールを守る心)
花は忍辱(にんにく)行(我慢する。耐える。忍耐の心)
線香は精進行(まっすぐ進む心、努力する心)
ご飯は禅定行(安定した心。落ち着いた心。)
ローソクは智慧行(智慧や機転を働かせる心)
私たちは六種のお供え物を供えてご供養することで、このように供養のあり方から、人間としての生きる道を教えてもらいます。
その他にも人間は人間の心に巣くう三毒三悪(貧とん…むさぼり。瞋じん…怒り。恨み。癡ち…無知)などが日々の暮らしを生き難くしています。
生き難くしているのは我々自身であり、ご先祖様は仏様の御元での修行を行いながら、我々自身が生き易く、また、我々子孫が良くなるように見守っているのです。そして、末永く子孫の仕合せを願っています。
供養とはご先祖様の為と、我々自身の為の心の修行であり、いつか自らへ還ってくる功徳(幸福=福)なのです。
誰もが幸せになれますように祈ります。合掌



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〔インターネットを楽しく行う為に。〕
※インターネットはとても便利で、最近は幼児教育からパソコンの勉強が始まっています。
ところが、この便利なインターネットが、人の心を傷つけ、トラブルを起こし、心の病やはたまた、死んでしまいたい、という気持ちまで引き起こしてしまうことがあります。
それは、どういうことかというと、ブログやツイッター、フェイスブックという手軽に気持ちや感情を書き込める場所ができ、自分の感情の赴くがまま、或いは、別ブログやツイッター等の記事の貼り付け等で、出会ったこともない人間をも中傷誹謗悪意の渦を引き起こしやすく、また、それに共鳴するコメントが類は類を呼ぶ原理を起こし、荒らしや炎上といった悪の感情が拡大拡散していきます。インターネットが善悪両刃の道具、といわれる所以は、使い方ひとつで大きな過ちを犯してしまうことがおきやすくなるからです。
インターネットから起きる過ちは妄想邪推から生じます。そして中傷誹謗悪意が生まれます。
この妄想邪推および、中傷誹謗悪意は仏教で言うところの貧瞋痴(トンジンチTONJINGHI)です。そして煩悩(BONNOU)が起きます。
この貧瞋痴(トンジンチTONJINGHI)に慢疑邪見を加えて、これを『六根本煩悩』といい、人間の心を荒らす元となります。インターネットはこの『六根本煩悩』が増殖し、伝播しやすい現象がおきやすい環境であるのです。
この『六根本煩悩』の種が蒔かれ、拡散しないためにもパソコンを使用する際の心得、「情報モラルマナー学」を広げていくことが、インターネットでのトラブルや心の傷を追う人たちが少なくなることではないかと考えます。
便利な道具も心得違いで凶器になり、多くの人を不快にし、傷つける。そういうことを一人一人が認識し、ネットモラルとルールを学習して楽しいインターネットの輪(和)が広がり、地球に住む人々が争いごとを少なくし、心豊かに過ごしていければと、思います。
インターネットの発達で、人間の心、精神、魂の資質を低下させて良いのでしょうか。
インターネットという便利な道具は人間の持つ知性と良識を以って使用してこそ、世界がひとつにつながる素晴しい名器になり得うることでしょう。
インターネットでの中傷誹謗悪意邪推妄想の種(貧瞋痴トンジンチ TONJINGHI)を生み出さないようにするために、ネット使用の心得、マナーを学ぶ機関やセミナーが多くでき、ネットでおきる悲劇を防ぎますように祈ります。合掌。
FOR USING INTERNET WITH PEACE AT HEART
※ Internet is a very convenient tool.
Nowadays even a
small child education employs practice of a PC.
However, this convenient internet sometimes hurts
people’s hearts, causes them troubles, mental sickness to the degree of committing
suicide.
Why
does this occur? Because, in the internet, a place such as blog, twitter or
facebook is provided where one can write one’s
mind and feeling freely as much as one wants, pasting to it articles of other
blogs or twitters, as a result making whirlpool of slander and malice about a
person one has never met. This may attract agreeing comments by a
“like attracts like” principle, which will develop an evil
sensation of ruin and flameout. The reason that internet is called as blades
that cut both ways of good and evil is that a misuse of it is liable to cause a
disastrous mistake.
An
internet-related mistake is born from delusion and groundless suspicion, and
thence are born slander and malice.
These delusion and groundless suspicion, and slander and malice are
what is called TONJINGHI (greed, anger and foolery) in Buddhism, which makes
BONNOU (worldly desires).
By
adding vanity, doubt and wrong mind to BONNNOU is made “Six Fundamental BONNOU”
which is a source of devastating human mind.
Internet is an environment where this “Six Fundamental BONNOU” prevails and spreads
easily.
I
think that by spreading “Information Moral Manner
Ethics”,
this “Six Fundamental BONNOU” is prevented, which will contribute to
decreasing people who are troubled and hurt by internet.
A
convenient tool may turn to be a weapon if handled by a mistaken mind, and may
offend and hurt many people. I hope that this principle be acknowledged by each
person, that internet moral and rule be learned, that a joyous circle (harmony)
of internet spread on earth, that people on earth have less strife and enjoy
life with peace at heart.
Are
we allowed to degrade human resources by internet progress?
Internet, a convenient tool, will be a wonderful instrument to unite
the world, if it is used through intelligence and goodwill of
mankind.
I
pray that, for preventing the seed of slander and malice (TONJINGHI) of
internet, many institutes and seminars will be made to learn the moral and
manner of using internet, thereby stopping internet-related tragedies. Gasshou
(Amen)
Six
Fundamental BONNOU (greed, anger, foolery, vanity, doubt,
suspicion)
The
meaning of each Bonnou is explained below.
1.
Greed: a
blind self fixation adhered to oneself before one was born
2.
Anger: It is
caused by sticking to self fixation, leading to trouble and fight, getting mad
and hatred.
3.
Foolery: One
may complain if one cannot do as one wants. One may complain even if one can do
as one wants, by comparing with others.
4.
Vanity: If
one can do as one wants, or one’s desires are fulfilled, one compares
oneself with others and have a superiority complex, and despises
others.
5.
Doubt: If one
lives a life full of complaint, a delusion will arise from there. Delusion will
bear doubt. Vanity, too, will bear doubt by not believing
others.
6.
Suspicion:
One may suspect others, and come not to be able to believe the world. One may
come not to be able to believe other than one’s
five senses to see, hear, smell, taste, feel, etc. One’s delusion may lead to wicked suspicion.
人間の不幸の元は
身(しん)…身体。行動.
口(く)…言葉。
意(い)…思い。想念。
から湧いてくる。
不幸の元は次の六つを生み出します。
貧(とん)…むさぼり。我欲)
瞋(じん)…怒り。嫉妬。
痴(ち))…無知。
慢(まん)…優越感。慢心。
疑(ぎ)…妄念。妄想。
邪(じゃ)…よこしまな見方や思い。
もし、思い当たることがあるならば、
今日から身口意を正していきましょう。
そうしたら、不幸は去っていくでしょう。
身口意を正していく者に
仏の加護は現れます。 合掌
【六根本煩悩「貧。瞋。痴。慢。疑。邪見。」】
各、煩悩の意味は下記のように言い表されている。
一、「貧欲(とんよく)」。生まれる前から身についている、盲目的我執。
ニ、「瞋恚(しんに)」。 自分の我欲を押し通そうとする。トラブルや衝突が起きる。そうすると腹が立ち、憎んだりする。
三、「愚痴(ぐち)」。思い通りにならないと愚痴をいう。思い通りになったとしても愚痴を言う。他人と自分を比較してしまい愚痴を言う。
四、「慢心(まんしん)」。自分の思うとおり、または欲が通り叶っていくと、他人と自分を比較して優越感を持つようになる。慢心が起きる。他を軽蔑する。
五、「疑惑(ぎわく)」。愚痴ばかりの日常を暮らしていると、そこから妄念がわく。妄念は疑惑を生む。また、慢心も然り。他を信じられなくなり疑惑を生む。
六、「邪見(じゃけん)」。人を疑い、世の中のことが信じられなくなる。見る、聞く、匂う、味わう、体感など、自分の五器官が受けたことのみしか信じなくなり、妄想から邪見(よこしまな見方)へとなっていく。
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